俳句庵

季題 6月「扇子・団扇」

  • 暗やみに開演を待つ扇子かな
  • 宮城県     石川 初子 様
  • 初めての母への土産京扇子
  • 愛知県     川俣 周二 様
  • さりげなく僧の背中へ団扇風
  • 三重県     後藤 允孝 様
  • 話し終へゆつくり開く扇子かな
  • 神奈川県     井手 浩堂 様
選者詠
  • 父の叱責珠と抱くや団扇の夜
  • 安立 公彦

安立公先生コメント

団扇や扇子は、夏の季語の中でも、余りにも身近すぎて、句を作るとなると改めて見直すことの多い題です。もともと俳句は、そういう日常の暮しの中での見聞に対象を探るのが多いものですが、一句の表現は安易さや馴れを超越したものであるべきです。
 優秀賞の石川さんの句。劇場での開演を待つひと時の心地よい緊張感が良く出ています。客席の照明を消した暗闇の中、観客の使う扇子が淡く浮かびます。緊張感と書きましたがその大方は期待感です。その思いが手にする扇子に集約されている作品です。
 川俣さんの句。誰しも経験のあることです。家を離れての旅の土産。母への土産は京扇子です。母の悦ぶ姿が見えてきます。
 後藤さんの句。郷里の実家では、盂蘭盆には坊さんが来て読経をあげていました。その折、母はいつも僧侶のうしろから団扇で風を送っていました。空調機など無い時代のことが、この句を見て思い出されました。この句もそういう情景のものと思います。
 井手さんの句。この句を見て、対話という言葉を考えていました。普通では話し合いです。作者は相手に納得のゆく話を為し、懐の扇子をゆっくり開くのです。名優の芸を見るようです。この句、冒頭に述べた「安易さや馴れを超越した」作品です。
 今回も佳句が多いでした。〈京扇子棺の胸に挿しにけり 哲庵〉。よく見る場面です。「棺の胸に」に思いが籠っています。〈労ひに団扇の風を送りけり 名木田純子〉。労いを謝して団扇の風を送るという景は、懐かしくも微笑ましいものです。〈留学の子に持たせやる扇かな 佐藤博一〉。この句には、親子の情、留学という未来への挑戦、そういうものが、深く豊かに息衝いています。

◎ 優秀賞、入賞に選ばれた方には、山本海苔店より粗品を進呈いたします。