俳句庵

季題 5月「風鈴」

  • 母の忌の南部風鈴凛と鳴る
  • 東京都     岩崎 美範 様
  • 潮風と遊ぶ風鈴海の宿
  • ブラジル     林 とみ代 様
  • 風鈴に程よき風のありにけり
  • 兵庫県     山地 美智子 様
  • 風鈴の音に徘徊の母とまる
  • 長崎県     内野 悠 様
選者詠
  • 風鈴の音色そびらに書肆出づる
  • 安立 公彦

安立 公彦 先生 コメント

 梅雨が明けると気温は夏日となり、暑い日々が続きます。冷房装置の無かった昔は、納涼の手段として、涼み台、縁涼み、納涼船などの、さまざまな工夫が取られました。〈梳(くしけづ)る人もありけり門すずみ 白雄〉。風鈴が涼を呼ぶ一つの方法となったのは、江戸中期の頃と謂われています。歳時記を開くと風鈴の傍題として、江戸風鈴、南部風鈴、貝風鈴などの季語が出ています。風鈴は、その音色で涼気を呼び起すという消夏法の一つです。これは時代が変っても、住む人のある限り、日常生活の一部となることでしょう。
 優秀賞の岩崎さんの句。(鳴りは鳴るとしました。)一読様ざまな思いが浮かびます。「凛と鳴る」は、生前の「母」の姿勢を示すものと言えましょう。或いはその母の逝去は夏だったのかも知れません。「風鈴」が、そういう鑑賞の主役として効果をあげています。
 林さんの句。この句、「潮風と遊ぶ風鈴」が良く出来ています。避暑用に建てられた海辺の家、眼下には、ビーチパラソルの点在する海水浴場が見渡せるのでしょう。ひとときの夏を楽しむ思いが、適切な表現のもとに、よくまとまっています。
 山地さんの句。穏やかな表現の句です。その穏やかさが、この句を良くまとめています。「程よき風」、「ありにけり」の叙法、言葉に無駄がありません。程よき風に誘われて鳴る風鈴の音色は、そのまま今日一日の無事を奏でていると受け取られます。
 内野さんの句。現代の抱える問題の一つに認知症があります。この句の母もそのお一人です。徘徊症は哀しい病いですが、その母が道端の家から零れる風鈴の音色に足を止め聞きいるという風景は、もの哀しさの中に一脈の希望を感じさせるものです。
 今月の佳句。〈風鈴の鳴り止む闇の深さかな 金子加行〉。(止みは止む、深きは深さとしました。)考え事をしている際の一瞬の驚きがよく出ています。〈単身の地や風鈴は母の声 遊眠〉。(地のは、地やとしました。)母の声が唐突ながら良く合います。若い頃の回想句でしょうか。〈隅田川江戸風鈴の夕べかな 髙梨裕〉。隅田川と江戸風鈴の組み合せが、夕べの景を良く捉えています。

◎ 優秀賞、入賞に選ばれた方には、山本海苔店より粗品を進呈いたします。