俳句庵

季題 6月「短夜」

  • 短夜の夢に亡き妻笑みてをり
  • 岡山県     岸野 洋介 様
  • 短夜のイヤホン外す深夜便
  • 東京都     佐藤 博重 様
  • 短夜の祖母を眠らす子守歌
  • 兵庫県     山地 美智子 様
  • 短夜や山の駅舎に灯のひとつ
  • 神奈川県     髙梨 裕 様
選者詠
  • 短夜のラジオが語る敦の句
  • 安立 公彦

安立 公彦 先生 コメント

 歳時記は四季を、日永、短夜、夜長、短日の時候で表わしています。春夏秋冬それぞれの時候を良く示す言葉です。試みに、短夜と短日の、日の入りから日の出までの時間を、夏至と冬至を例にとると次のようになります。地域は筆者の住む千葉県としました。夏至9時間26分、冬至13時間55分。四時間半の時間の差は大きいです。更にこの時間差に、日の出前、日の入り後の明るさと暗さという時間帯も加わります。短夜、明易し、の季語の持つ、夏の夜を惜しむ思いも、自ずと納得出来る数値です。
 優秀賞の岸野さんの句。短夜と夢の取合せは他にもありました。この句はその夢に、今は亡き奥さんが出て来たとういう句です。しかもその奥さんは「笑みてをり」です。この下五は、作者にも読み手にも、一句を救いの句として働き掛けています。
 佐藤さんの句。正しくは「ラジオ深夜便」です。しかし、「イヤホン外す」は、「ラジオ」の有り様を良く示しています。深夜便を聴くのに、イヤホンを当てている人は多いでしょう。イヤホンから流れてくる「音」の世界は、作者独りのものです。
 山地さんの句。「祖母を眠らす子守歌」は如何様にも鑑賞出来ます。この祖母はご病気なのでしょう。多分に心の衰えかも知れません。夏の夜も更けて、寝つけない祖母に子守歌を唄う作者。いつしか眠りに入る祖母。作者の思いは深まるばかりです。
 髙梨さんの句。夏の夜の山村の風景が良く表現されています。やや高台にある駅舎の灯明りが、静かな夜気を透して懐かしく感じられて来ます。「灯のひとつ」に、読者はそれぞれの「灯」を思い出すことでしょう。「駅舎の」は「駅舎に」としました。
 今月の佳句。〈短夜や疲れのぬけぬ老教諭 塚本治彦〉。現代社会の実態を良く言い止めています。「老教諭」が善いです。〈短夜や浅き眠りの旅の宿 後藤允孝〉。旅の昂りからか不馴れの土地故か、「浅き眠り」は、良く旅の思いを表現しています。

◎ 優秀賞、入賞に選ばれた方には、山本海苔店より粗品を進呈いたします。