俳句庵

季題 9月「衣被」

  • つつがなく灯る夕餉や衣被
  • 神奈川県     髙梨 裕 様
  • 疎開地に話の及ぶ衣被
  • 神奈川県     井手 浩堂 様
  • 穏やかな父母の遺影や衣被
  • 愛知県     岩田 勇 様
  • 衣被嫁に行く子と並び食ぶ
  • 神奈川県     川島 欣也 様
選者詠
  • 生国は薩摩と応へ衣被
  • 安立 公彦

安立公彦先生コメント

 「衣被」の作品は無数にありますが、先ず思い出す句は、〈今生のいまが倖せ衣被 鈴木真砂女〉です。昭和61年真砂女80歳の時の作品。真砂女の第六句集『都鳥』に収録されています。真砂女はこのあと、第七句集『紫木蓮』を上梓、その四年後の平成15年3月14日逝去、96歳でした。読売文学賞、蛇笏賞ほか受賞。この人世肯定の思いは、真砂女の幾多の流転を貫く、筋の通った信念に基づいたものです。
 優秀賞の髙梨さんの句。「つつがなく灯る夕餉」がいいですね。今日のひと日を息災に過ごした思いがよく表現されています。明るい灯下の卓に盛られた「衣被」の、慎ましくも充実した温みが感じられます。
 井手さんの句。今次大戦の末期、都市では学童疎開がありました。七十年過ぎた今、当時の仲間に会い、その話が出たのでしょう。単なる懐旧を越えた、お互いの来し方に及ぶ話も聞えて来るようです。然りげ無く置かれた「衣被」には、疎開先との思い出もあるのかも知れません。
 岩田さんの句。両親の遺影を飾る部屋。そのテーブルには、「衣被」が置かれています。「穏やかな父母の遺影」に今も包まれている作者の家族。「穏やかさ」は意識して生まれるものではありません。
 川島さんの句。近ぢか結婚される娘さんと一緒に食べる「衣被」です。お互い思いは深いでしょう。淡々とした表現の中に、その思いが深く息衝いています。この句、原句は〈並び食ぶ嫁に行く子と衣被〉でした。「並び食ぶ」と「衣被」を入れ替えました。
 今月の佳句。〈衣被妻ありし日を思ひけり 岸野洋介〉。この句、「妻ありし日」が作者の思いをみごとに表現しています。〈衣被湯気の香にある昭和かな 成田あつこ〉。昭和も遠くなりました。衣被の「湯気の香」が効果的です。〈母の齢いつしか越えて衣被 津田明美〉。ある年代になると、誰しもが思うことです。「母の齢」が「父の齢」となる人もいるでしょう。「いつしか越えて」にその思いが感じられます。

◎ 優秀賞、入賞に選ばれた方には、山本海苔店より粗品を進呈いたします。