俳句庵

9月『鰯雲』全応募作品

(敬称略)

潮の香を孕んで高き鰯雲
パン買うて帰る黄昏いわし雲
大漁旗続々帰港鰯雲
鰯雲ビルに張り付く硝子拭き
鰯雲原爆ドーム覆いけり
荒れそむる佐渡の沖波いわし雲
鰯雲被爆漁船の展示館
名橋の映える水面や鰯雲
大いなる天魚のうろこ鰯雲
故郷は近くて遠し鰯雲
鰯雲死炉の煙に茜さす
分譲地完売なりし鰯雲
鰯雲豊漁の海女足軽く
鰯雲君住む里のワイン飲む
干拓地をおおってあまる鰯雲
鰯雲川を流れて海へ行く
鰯雲西に流れて焼けていく
見上げれば鰯雲あり八合目
対向車なきハイウエイに鰯雲
人やめて今度はきっと鰯雲
町内に婚礼ありて鰯雲
鰯雲誰かのために流れけり
故郷捨て東京も捨て鰯雲
妹を背負いし夢や鰯雲
藤村の詩碑ある岬いわし雲
鰯雲 男子かけ抜く 交差点
みちのくは帰郷かなわず鰯雲
峰々が 従えてをり 鰯雲
いわし雲迷子をさがす広報車
停留所 長き一列 鰯雲
ふるさとは地図より消えて鰯雲
漂白の旅に憧れ鰯雲
紅白の玉投げ数え鰯雲
ペンキ屋の刷毛良く伸びる鰯雲
残月を前に出したる鰯雲
鈍行に乗るだけの旅いわし雲
富士の峰日は裾に燃え鰯雲
石蹴りの遊び吾もせし鰯雲
結納の日や高々と鰯雲
今もなほ遠を見る癖いわし雲
山越えて行けばふるさと鰯雲
生涯に賞罰のなし鰯雲
頭から突つ込むトライ鰯雲
親離れ子離れそして鰯雲
いわし雲象真つ直ぐに鼻立つる
常の日のつづく七十路いわし雲
人の世に生き死にがあり鰯雲
弁当を詰めすぎてをり鰯雲
屋上は空に近しよ鰯雲
日本にも神様は居て鰯雲
暮れ行ける空に浮かぶや鰯雲
鰯雲重ねた本の枕かな
上り終え見上げる空の鰯雲
犬用のタオルも干して鰯雲
鰯雲気づけばこんな所まで
鰯雲携帯電話の秘めた音
鰯雲他には何もなかりけり
隣人の言葉も軽く鰯雲
故郷の駅には降りず鰯雲
ぽっかりと 空いた心や 鰯雲
鰯雲昨日のやうな終戦後
海に死す 港の町や 鰯雲
瀬戸の海のかなたは故郷鰯雲
何一つ 無くなり尽きし 鰯雲
鰯雲練習つづくマスゲーム
いずこより 言霊聴こゆ 鰯雲
放課後の校庭掃除鰯雲
鰯雲 復興の街 光りけり
鰯雲子らの先頭ガキ大将
どの町も 復興兆す 鰯雲
友達のいない鍵っ子鰯雲
鰯雲沖に釣り船二・三艘
鰯雲瓦礫は未だ片付かず
ぽんぽん船抜ける赤橋鰯雲
いつまでも見ていていたい鰯雲
天心に鰯雲あり月もあり
鰯雲映せし湖に魚跳ねる
鰯雲求めて上る磴高し
息つぎの度に目に入る鰯雲
ビル街の四角の空うめ鰯雲
鰯雲連山少しく背を伸ばす
指きりの想いでの路地鰯雲
球児らの涙に浮かぶ鰯雲
父の背に負われて見たる鰯雲
銛のごと鰯雲刺す戦闘機
西国へ転居せし友鰯雲
故郷へ戻るきっかけ鰯雲
胎内を巡る観音鰯雲
悠々と鰯雲ゆく散歩道
伊吹山より湖に被さる鰯雲
こんがりと鰯雲焼く茜かな
願わくは万邦平和いわし雲
鰯雲塩の道来て甲斐の山
陸奥の原子炉覆へいわし雲
鰯雲下駄を蹴上ぐも届かざる
自家製の野菜は甘し鰯雲
ビルの窓生け簀のやうに鰯雲
その裾を海に沈めて鰯雲
人類を見おろし行くや鰯雲
白球を手品のごとに鰯雲
いわし雲禾のささやき聞いてゐる
宿題を終えて真っ白鰯雲
鰯雲乗合船の顔見知り
名も知らぬ小さき湖水いわし雲
鰯雲吟行幹事輪番制
上向きて明日へ導く鰯雲
鰯雲飛騨の山並み七重八重
いわし雲眼鏡外せば急に増ゆ
万歩計また新しく鰯雲
鰯雲宇宙はいまも膨張中
鰯雲二死満塁の逆転打
鰯雲帰港よろこぶ大漁旗
鰯雲ロマンチストの髭親父
いわし雲漁師冥利の大漁旗
鰯雲瓦礫の中の大漁旗
鰯雲いまも確かな腹時計
行き場なき牛舎の上の鰯雲
映画めく橋の二人に鰯雲
抜き手きりビラを配る子いわし雲
祖母の背な遠くなりけり鰯雲
鰯雲家の柱の津波跡
鰯雲掃き寄せられて黄昏る
沖縄の海に大魚の鱗雲
鰯雲葬送行進西へ行く
鱗雲夕陽を浴びて黄金色
鰯雲足と足とを結びたる
モンゴルの大草原に鱗雲
東欧の国旗のありて鰯雲
灯台の真上に伸びし鰯雲
灯台の鰯雲まで届かざり
鰯雲掴みそこねし孫悟空
赤組と白組のあり鰯雲
みちのくの夢は大きく鱗雲
鰯雲琵琶湖の底にありにけり
鰯雲蒼穹はためく大漁旗
鰯雲組体操の指の先
鰯雲棚田の人の背負ひたる
海鳥の翔け上がる先いわし雲
坂道を上り切るまで鰯雲
鰯雲連れて散歩を小半時
鉄を組むクレーン動くや鰯雲
ありつたけのけぞる古希や鰯雲
単線の列車の窓は鰯雲
髪上げし君十八や鰯雲
会ひたきは友と恩師や鰯雲
聖堂やジャンヌが窓の鰯雲
鰯雲山のホテルの窓に得る
飯豊てふ避難住まひや鰯雲
消ゆるまで立ってはをれず鰯雲
約束の鰯雲かな父帰る
海へ出てなほ生き生きと鰯雲
津波禍に負けてなんぞや鰯雲
まだ遺書の文案あらず鰯雲
夕酒を浴びて輝く鰯雲
嫁かぬ娘を案じ詮なし鰯雲
夕飯は明太子なり鰯雲
鰯雲見たく自転車止めにけり
鰯雲眺めて試験終わりけり
我が意思にあらぬ諍ひ鰯雲
鰯雲マークシートに見えにけり
寝転べば草の匂へる鰯雲
鰯雲見ても解らぬカンニング
握り飯妻と分け合ふ鰯雲
郷愁の果てに広がる鰯雲
海峡を跨ぐ大橋鰯雲
一族の絆の強き鰯雲
灯台へ続く小道や鰯雲
鰯雲路地に平行四辺形
灯台の螺旋上りて鰯雲
鰯雲富良野の空は真っ平ら
鰯雲眺望三百六十度
黒潮の沖から湧いた鰯雲
てつぺんに子規座す系図鰯雲
鰯雲切れ目に旅愁見えかくれ
鰯雲子の質問に答へ得ず
平坦な人生はなし鰯雲
鰯雲むかしのことはよく覚へ
故郷もすぎはひも置き鰯雲
村一つみな青木姓いわし雲
鰯雲ヘッセの本が見つからぬ
幾何学は苦手なりけり鰯雲
帰り道空は大漁いわし雲
恐るべき蜘蛛の動きや鰯雲
宇宙へと続いているか鰯雲
海より 空の青さに惹かれし いわし雲
オレンヂも灰色もある鰯雲
夏の空に 群れなす姿が 美しきかな
一人旅パリの頭上に鰯雲
ラジコンの機首は北向き鰯雲
鰯雲あなたは何処で見ているか
鰯雲枯るをあたはぬ泪かな
空蒼く飛び石敷かれ鰯雲
指先に残る飯つぶ鰯雲
子に孫に漁は継がせぬ鰯雲
鰯雲花を手向くはこの辺り
釣果なく滅入る家路や鰯雲
父を越え還暦越えて鰯雲
鰯雲飛び石千千(ちぢ)に敷かれたり
鰯雲電車行っちまってひとり田んぼ
長電話見上ぐ青空鰯雲
いわし雲猫なだめつつ過ごしやる
鰯雲砥ぎ屋見つめる鑿の先
いわし雲球音高き早慶戦
鰯雲白寿の母の道おしえ
地下鉄のBの出口の鰯雲
動かざる震災跡に鰯雲