俳句庵

季題 11月「帰り花」

  • 介護士の夜勤明けゆく帰り花
  • 神奈川県     河野 肇 様
  • 帰り花日の斑まぶしき爆心地
  • 福岡県     西山 勝男 様
  • 鈍色の空に灯ともす帰り花
  • 神奈川県     成田 あつ子 様
  • 葬送の庭に一輪帰り花
  • 神奈川県     井手 浩堂 様
選者詠
  • 郵便夫手触れてゆきぬ帰り花
  • 安立 公彦

安立 公彦先生コメント

今月の題「帰り花」は、本来は春に咲く花が、小春日和の暖かさに誘われ咲き出すという自然の現象を指します。つつじや桜などに見られます。この季語は、日常の生活に伴うあらゆる出来ごとや、それに伴う思いなど適応の域が広く、それは皆さんの出句にも見られるところです。しかしそれ故に、季語に寄り掛かると表現に緩みが出て、作品の質を落とします。俳句は一句独立の短詩です。句作の際は充分に推敲して下さい。
 優秀賞の河野さんの句。「介護士」は正しくは「介護福祉士」。介護の必要な高齢者や障がい者の自立を支えるために、介護を行う人です。この場合は施設の介護でしょう。夜勤明けの介護士の視線と帰り花が印象的です。
 西山さんの句。広島か長崎の爆心地の作品です。七十年過ぎたこの地と帰り花の取合せにこころ打たれます。
 成田さんの句。立冬を過ぎると日暮が早くなり、空はいつしか暮色を帯びて来ます。鈍色の空です。その空に恰も灯を点すように帰り花が咲いているという一瞬をよく捉えています。原句、灯のごとは、灯ともすと、しました。
 井手さんの句。葬儀があったのでしょう。ふと見ると庭先に一輪の帰り花が咲いていました。つつじでしょうか。「葬送」という宿命と、「帰り花」という花の彩りが、一句の鑑賞をよく支えています。
今月の佳句。〈計画の看板古るぶ帰り花 いらくさ〉。よく見る景です。古りた看板が哀れを誘います。同時に帰り花の健気さに心うたれます。〈海を恋ふ真砂女の句碑や帰り花 山田香津子〉。鈴木真砂は「春燈」の俳人。平成十五年九十六歳で死去。生地に近い南房総の仁右衛門島に句碑、〈あるときは船より高き卯浪かな 真砂女〉があります。〈日だまりに二輪寄り添ふ帰り花 林田正光〉。帰り花の可憐な姿がよく出ています。

◎ 優秀賞、入賞に選ばれた方には、山本海苔店より粗品を進呈いたします。