俳句庵

季題 4月「鳥帰る」

  • 降臨の嶺をそびらに鳥帰る
  • 福岡県     西山 勝男 様
  • 達者でと手を振る妻や鳥帰る
  • 東京都     岩崎 美範 様
  • 国境といふしがらみや鳥帰る
  • 東京都     佐藤 博重 様
  • 鳥帰る我は老いの身杖を抱く
  • ブラジル     玉田千代美 様
選者詠
  • 鳥帰る身に一片の影もたず
  • 安立 公彦

安立 公彦 先生 コメント

 春の歳時記の「動物」の部には、日本で越冬した鳥が、春になって北方の繁殖地に帰るという項目が幾つかあります。引鶴、白鳥帰る、帰雁、引鴨などです。そういう鳥の帰りを総称して、「鳥帰る」という季語を設けています。「鳥帰る」はまた「鳥引く」とも言います。この引くは帰るの意味です。更にこの鳥が雲間はるかに見えなくなることを、「鳥雲に入る」と称します。一方、季節が巡り、これらの鳥が秋になり北方から渡って来るのが、「渡り鳥」、「鳥渡る」です。何れも鳥の習性を元にした季語です。
 優秀賞の西山さんの句。今回の皆さんの句には、写生、回想、言葉の発見などを基とした作品がありました。大事なことは表現です。この句、「降臨の嶺」が良く出来ています。天孫降臨の謂れを持つ高千穂峰を背にした鳥帰るの一群が良く表現されています。
 岩崎さんの句。今回の作品に「妻」の出てくる句は他にもありましたが、「妻」を主役とした句は作者のみでした。「達者でと手を振る妻」がいいですね。作者もともに手を振っていたのでしょう。帰る鳥もお二人を振り返っているかも知れません。
 佐藤さんの句。帰りゆく鳥はシベリアなど北方の地で秋までを過ごします。道中には当然「国境」があります。まさに「しがらみ(柵)」です。その柵は「人」が作ったものです。鳥には一切しがらみはありません。「人」というものの根源を見つめた句です。
 玉田さんの句。原句の「老い行く」は、「老いの身」としました。一読、鳥の自在さを、わが身の老化に引き寄せた句と分かります。しかし一句は自らを責める句ではありません。「杖を抱く」という愛惜の思いが、老いの身を優しく包み込んでいるのです。
 今月の佳句。〈待つ人のいる幸せや鳥帰る 佐藤博一〉、〈帰る場所在る仕合せや鳥帰る 西山ひろ子〉。両句の「待つ人」「帰る場所」は大きな意味では同義です。お二人の間には太平洋があります。俳句という短詩型文学の奥深さを考えさせる句です。〈鳥帰る眼鏡は寝顔みつめをり 茜崎楓歌〉。鳥帰る窓外の景、寝顔を見つめる卓上の眼鏡、それらを見守る作者。多次元の一時です。

◎ 優秀賞、入賞に選ばれた方には、山本海苔店より粗品を進呈いたします。