俳句庵

季題 8月「新涼」

  • 吊橋や新涼の風ほしいまま
  • 神奈川県     井手 浩堂 様
  • 新涼やベルトに馴染む万歩計
  • 東京都     石川 昇 様
  • 新涼や白寿目ざして庭手入れ
  • ブラジル     原 はる江 様
  • 新涼や研師の指の軽やかに
  • 神奈川県     龍野 ひろし 様
選者詠
  • 新涼や手擦れ親しき文庫本
  • 安立 公彦

安立 公彦 先生 コメント

 連日の真夏日も去り、立秋を迎えて初めて感じる外気の涼しさを新涼と称します。「涼新た」、「秋涼し」などの傍題もありますが、「新涼」の言葉は、語感も、言葉から受ける印象も、それらを抽んでています。〈新涼の身にそふ灯影ありにけり 久保田万太郎〉、〈新涼や手織木綿の肌ざはり 石田あき子〉。など、先人の名作を味わいましょう。今回は佳句が多く、楽しく厳しい選句でした。
 優秀賞の井手さんの句。「吊橋や」と、一句の対象を上五に置いた表現が効果的でした。これにより、吊橋の架かる深い渓谷の感じが良く出ています。中七の「風」も、吊橋という架橋があって初めて生きて来ます。「ほしいまま」も説明体を抜けています。
 石川さんの句。最近は健康維持のため歩く人が多くなりました。それも大方の人が早走です。作者もそのお一人でしょうか。この句、「万歩計」がいいですね。「ベルトに馴染む」が、万歩計の活躍を良く表わしています。まさに平成の俳句と言えましょう。
 原さんの句。作者は現在九十歳とあります。卒寿ですね。「庭手入れ」がその健康の一つの方法となっているのでしょう。そして中七の「白寿目ざして」の心意気に感じ入ります。白寿、即ち九十九歳。この前向きな姿勢あれば、その可能性も高いでしょう。
 龍野さんの句。私の住む地域にも、時折、研屋の人が廻って来ることがあります。主に庖丁研ぎです。この句もそういう研師でしょう。庖丁に指を当てがって砥石の上を滑らす、その「研師の指の軽やかに」が、「新涼」とよくマッチしています。
 今月の佳句。〈新涼や百葉箱に今朝の風 佐藤博一〉。〈始発バス新涼の風乗せて来る 林田正光〉。〈新涼の境内を掃く巫女二人 紫桔梗〉。〈新涼や素足になじむ青畳 東野了〉。それぞれ良く出来ています。
 撰者から一言申し上げます。一部の投句者の掲載名に、本名或いは俳号とは程遠い当て字や語呂合せなど、奇をてらった名前が見られます。こういう作者名は鑑賞の妨げとなります。見直していただきたいです。

◎ 優秀賞、入賞に選ばれた方には、山本海苔店より粗品を進呈いたします。