俳句庵
季題 10月「夜長」

- 思ひ出を形見分けする夜長かな
- 徳島県 白井百合子 様

- 大言海の父の書込み読む夜長
- 東京都 佐藤 博重 様
- やうやくに生家閉ぢ終へ夜長かな
- 千葉県 堀川 真里 様
- 街灯の仄かに灯る夜長かな
- 京都府 中村万年青 様
- 亡き兄と紛ふ路地ゆく夜長人
- 安立 公彦
安立 公彦 先生 コメント
秋も晩秋に入ると、夜長の思いが深くなります。夕方も五時を過ぎると、何時の間にか辺りがうす暗くなっているのは、誰しも感じることです。私たちの先人は、それを「夜長」という絶妙の季語にしました。今月の皆さんの出句も、その夜長を、あらゆる面から作品に取り込んでいて、選をしながら何度も頷きました。この時期は、俳句を為すには最も相応しい季節と言えましょう。
優秀賞の白井百合子さんの句。「形見分け」と言えば普通には、故人の所持していた物を、親戚の人や友人に分け与えることですが、この場合はその形見が「思ひ出」と言うことで、そのみごとな表現に賛同しました。上五の「も」は「を」としました。
佐藤博重さんの句。「大言海」は大槻文彦編の国語辞書として良く知られています。その「大言海」のページには、亡き父の書込みが幾つもあります。その父の筆跡を追う作者。いつしか作者は、父の書込みを熱心に読みつつ、在りし日の父を思うのです。
堀川真里さんの句。この「閉ぢ終へ」は、生家を渡すということと思います。恐らく住む人が居なくなり、止むを得ずの方策なのでしょう。そのことが決まったという安堵とともに、生家への深い思いが次々と湧いて来るのです。「夜長」が良く効いています。
中村万年青さんの句。「夜長」にはさまざまな背景や思いが重なります。それは今ここに掲げた作品からも頷けることです。しかしこの句にはそういうことは一切無く、あるのは仄かに点る街灯のみです。安らかな夜長の景は、句を見る人の心を安らげます。
今月の佳句。〈クロスワード一人楽しむ夜長かな 山地美智子〉。〈校了の雨の夜長となりにけり 竹浪誠也〉。〈長き夜や電話の横に椅子ひとつ 岩川容子〉。三者三様の「夜長」が善く表現されています。
◎ 優秀賞、入賞に選ばれた方には、山本海苔店より粗品を進呈いたします。