俳句庵

季題 11月「時雨」

  • 碑の是より木曽路初しぐれ
  • 長野県     木原 登 様
  • しぐるるや相合傘の老い二人
  • 兵庫県     岸下 庄二 様
  • 内職の手の薄明り小夜時雨
  • 静岡県     城内 幸江 様
  • 埋葬を終へて時雨を聴く夜かな
  • 東京都     内藤 羊皐 様
選者詠
  • 夕鐘の音色を濡らす時雨かな
  • 安立 公彦

安立 公彦 先生 コメント

 十一月の題は「時雨」。善いひびきです。秋の末から初冬にかけて、急に雨雲が生じて、しばらく降ったかと思うとすぐに止む雨を言います。『後撰和歌集』に収録の、「神無月ふりみふらずみ定めなき時雨ぞ冬のはじめなりけり」(よみ人知らず)が、時雨の本意をよく詠みとった和歌として知られています。今月の皆さんの句には、「時雨」に託すそれぞれの人世が出ていました。
 優秀賞の木原登さんの句。「是より木曽路」は、石碑に刻まれた文字です。「木曽路」により風情が出て来ます。中山道の宿駅であり、藤村の生地でもある馬籠までを指します。言葉そのものに歴史を感じる「木曽路」が、「初しぐれ」の季語に善く適応しています。十七文字の夫ぞれの言葉は、充分な吟味が必要です。「碑に」は「碑の」としました。
 岸下庄二さんの句。「老い」の字に目が止まりました。「相合傘」とあれば、傘に寄り添う若い男女の姿が浮かんで来るのが通常です。この句の場合は、「若い」が「老い」となり、読んでいて成程という思いがして来ました。しかし善い風景です。「老い二人」の幸を願うばかりです。
 城内幸江さんの句。「小夜時雨」は文字通り夜に降る時雨を指します。前の句は、「相合傘の老い二人」でしたが、この句は、「内職の手の薄明り」です。「手」が善く効いています。卓上の電気スタンドの明かりが、ほのかに写し出している「手」です。余情を感じる作品と言えましょう。
 内藤羊皐さんの句。身内のだれかが亡くなり、今日は葬儀の日でした。お骨を墓所に葬り、家に帰った時の思いは、多くの皆さんが体感されていることです。この句、「時雨を聴く夜かな」に、その思いが善く出ています。やがてその時雨も止み、夜の深まりに、故人を偲ぶ気持が深まるのです。
 今月の佳句。〈老いてはなほ働く肩に時雨来る 金子加行〉。〈洗礼名持つ母なるや村時雨 藤田康子〉。〈竹林の葉音くぐもる時雨かな 小玉拙郎〉。〈はやばやと都電灯ともす夕時雨 岩川容子〉。心象句、写生句、共に善く表現してあります。

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