俳句庵
季題 12月「師走」

- 黙々と土と向き合ふ師走かな
- 福岡県 西山 勝男 様

- 献血の窓より街の師走かな
- 神奈川県 井手 浩堂 様
- 忙中閑あり師走の午後の紅茶かな
- 神奈川県 原川 篤子 様
- 所在なく歩き師走の人となる
- 大阪府 津田 明美 様
- 夕鴉師走の空をひと筋に
- 安立 公彦
安立 公彦 先生 コメント
十二月の題は「師走」。十二月を師走と呼ぶのには幾つかの説があります。その中で、十二月になると、僧(師)が忙しく走り廻るという説が最も相応しいとされています。今月の皆さんの句を拝見していると、師走の忙しなさを詠んだ句が多いでした。しかし、慌しさのみを詠んでも、それは師走のリポートに過ぎません。忙しさの中の一句に流れる抒情性あっての俳句と言えます。
優秀賞の西山勝男さんの句。この句の要点は「土と向き合ふ」です。この「土」は耕作の土でしょう。田畑を耕す、ということです。大きくは農業、また小作というケースもあります。その何れにしろ、「土」は翌年の豊穣と結びついています。農に拘わる人々にとって大事な対象です。上五の「黙々と」が「土と向き合ふ」と見事な対を為しています。
井手浩堂さんの句。「献血」とあります。輸血のための血液の提供です。病院の診察室で献血をしていると、傍らの窓から街が見渡されます。それは正しく喧噪に充ちた師走の街です。自らの居る献血の場所と、窓一つを境に、静謐と雑踏が両立しているのです。その情況が善く表現されています。
原川篤子さんの句。上五は字余りでも「忙中閑あり」としましょう。作者は今、自宅で、または街中の店で、「紅茶」を愉しんでいます。それは「師走の午後の紅茶」です。この中七、特に「午後の」が善く一句を集約しています。正に「忙中閑あり」です。豊かな思いが一句に流れています。
津田明美さんの句。「所在なく歩き」と、「師走の人となる」の間にあるものは、時間と空間です。することが無くて退屈な一時、街歩きでもと思って外出しますが、いつしか周りを行き来する人群れに心が馴染んでいる我が身を感じるのです。師走の群衆の中にあって、自立の一人です。
今月の佳句。〈ゴスペルの歌愉しげな師走かな 藤田康子〉。〈退院や師走の街を車椅子 いなだはまち〉。〈貸し借り無き余生となりて良き師走 林とみ代〉。〈誰も見ぬ街路樹の瘤街師走 太田紀子〉。内容のある作品です。
◎ 優秀賞、入賞に選ばれた方には、山本海苔店より粗品を進呈いたします。