俳句庵

季題 2月「余寒」

  • 逝く母に余寒の香を焚きにけり
  • 大阪府     津田 明美 様
  • 余寒なほ寄り添ひ生くる過疎の村
  • 東京都     岩崎 美範 様
  • 刷毛先に塗師息凝らす余寒かな
  • 千葉県     峰崎 成規 様
  • 消灯を告げゆくナース余寒かな
  • 東京都     右田 俊郎 様
選者詠
  • 塔の影水にうごかぬ余寒かな
  • 安立 公彦

安立 公彦 先生 コメント

 歳時記を開くと、「立春」の前に「寒明」があり、すぐ後に、「早春」、「春浅し」などに続き「余寒」があります。今月の題は「余寒」ですが、句作の際は、その前後の季語の解説も読むようにしましょう。暦の上では同じ日でも、言葉により、微妙な味わいのあるのが、季語の大切な要点です。皆さんの作品には、「余寒」が多様に詠み込まれていて、読み応えがありました。
 優秀賞の津田明美さんの句。寒明けの日、黄泉路に旅立つ母堂。病室に在っても笑顔の絶えない母堂でした。今、亡くなった母堂に香を焚く作者。「余寒の香を焚きにけり」は、事実を率直に述べ、感情を一切押えた表現ですが、それ故に、却って一句を読む人には、作者の深い思いが伝って来ます。「逝く母に」の上五が効果的です。
 岩崎美範さんの句、この「過疎の村」は北国でしょうか。立春を過ぎても雪深い一村です。近隣との行き来も儘ならず、それでも村の人たちは助け合って毎日を送っているのです。「寄り添ひ生くる」が善いですね。まさに、一村共同体です。「余寒なほ」とありますが、「春」も近いです。
 峰崎成規さんの句。「塗師」は「ぬし」、辞書には、「漆細工を業とする人」とあります。「塗師」が理解出来ると、「刷毛先に」も、「息凝らす」の表現も善く分かります。分かる以上に、この繊細で、大胆な筆使いに、息を止めて見入る思いが湧いて来るのです。芸術の領域です。
 右田俊郎さんの句。一読、景が彷彿として来ます。入院病棟の一室です。消灯の時間が来て、女性の看護師が各々の病室を廻っています。この句も、「消灯を告げゆくナース」が、自然体で善いですね。作者はその病室の入院患者の一人なのでしょう。本復を願うばかりです。
 今月の佳句。〈玻璃越しに風確かむる余寒かな 佐藤めぐみ〉。〈俎板に残る寒さの烏賊を裂く 永野昌人〉。〈路地奥に煮炊きの匂ふ余寒かな 守田修治〉。〈筑波嶺の紫烟る余寒かな 哲庵〉。善く出来た句です。

◎ 優秀賞、入賞に選ばれた方には、山本海苔店より粗品を進呈いたします。