俳句庵
季題 5月「冷奴」

- 青き海望む窓辺や冷奴
- 神奈川県 井手 浩堂 様

- この国に生くる幸せ冷奴
- 東京都 岩崎 美範 様
- 祖国偲ぶ余生となるや冷奴
- ブラジル 林 とみ代 様
- 老いぬれば妻にしたがふ冷奴
- 福岡県 西山 勝男 様
- 路地の子の呼ばれて帰る冷奴
- 安立 公彦
安立 公彦 先生 コメント
今月の季題は「冷奴」です。冷奴と聞くと何となく、まだ中学生だった頃の、夕食の卓を思い出します。壮年期だった父が、冷やした豆腐を皿の中で箸で切り、それを子供たちの箸が掴むという景です。戦後のことで、父も母も元気でした。冷奴の句と言えば、〈もち古りし夫婦の箸や冷奴 万太郎〉という久保田万太郎先生の句を思い出します。冷奴の句には生活があります。多様な生活です。私が戴いた句は殆ど高齢者の作品でした。
優秀賞の井手浩堂さんの句。高級な店での「冷奴」の感じです。上五中七の叙法が、その思いを確かなものにしています。この句を見ていると、選者である私も、その卓に居る思いがします。「青き海望む窓辺や」、善い背景です。
岩崎美範さんの句。「この国に生くる幸せ」が、全てを語っています。「敗戦」という、最も悲惨な国情から、みごと立ち直った一国の国民です。まさに「生くる幸せ」と、声を挙げて叫びたくなる思いです。「冷奴」の斡旋が落ち着いて立派です。
林とみ代さんの句。作者の住まいはブラジルです。「冷奴」に祖国を偲ぶという上五中七がみごとです。「余生」も効果的です。今月は、ブラジルから四名の出句者があり、あとの三氏の句も良く出来ていました。
西山勝男さんの句。作者は八十九歳。「老いぬれば妻にしたがふ」の思いは、同年代の私にも善く理解出来ます。世に「夫唱婦随」という言葉がありますが、今は、「老いぬれば」の句に賛成の人が多いのではないでしょうか。この句、「冷奴」が、夫婦の間を善く取り持っています。
今月の佳句。〈言葉要らぬ老いの夕餉や冷奴 木原登〉。〈割箸の杉の香匂ふ冷奴 岸野洋介〉。〈食細き二人の夕餉冷奴 津田明美〉。〈単純に生きよと父や冷奴 香坂泉〉。
◎ 優秀賞、入賞に選ばれた方には、山本海苔店より粗品を進呈いたします。