俳句庵

季題 9月「曼珠沙華」

  • 野仏に風やはらかし曼珠沙華
  • 神奈川県     井手 浩堂 様
  • 大王の眠る古墳や曼珠沙華
  • 岡山県     岸野 洋介 様
  • 曼珠沙華残し草刈る翁かな
  • 滋賀県     村田 紀子 様
  • 曼珠沙華このままの明日願ひけり
  • 東京都     鈴木 眞由美 様
選者詠
  • 近づけば歓喜あらはに曼珠沙華
  • 安立 公彦

安立公先生コメント

曼珠沙華は、梵語で天上に咲く花の名、見る者の心を柔軟にする、と辞書にあります。彼岸花の名の通り、秋の彼岸の頃に満開となります。曲線の花蕊を見ていると、観照するよりもむしろ多様な思いの湧く花です。今回もそういう句が多いでした。
 優秀賞の井手さんの句。野仏と曼珠沙華の取り合わせはよく見るところです。しかしこの句は、「風やはらかし」を入れて、風景を新鮮に表現しているのが見事です。野仏の、風雨にさらされながら、しかも整ったお顔が見えてくる句です。
 岸野さんの句。一句に古墳を入れて、雄大な内容にしています。その古墳に眠るのは古代の「大王」。読み手のこころを、ひととき先史に遊ばせる句です。古墳の裾には真紅の曼珠沙華が群れ咲き、こういう景は今でも見ることが出来るでしょう。
 村田さんの句。写生の効いた句です。草刈りの翁、刈り進んだ草刈機を、曼珠沙華の前ではたと止め、隣りに移す仕種がよく表現されています。読者はこの翁に敬意の拍手を送ることでしょう。草刈りの終った跡に立つ曼珠沙華の姿が見えて来ます。
 鈴木さんの句。「このままの明日を願ひけり」が全てを表しています。家族の安けさは当地の平安、国の平和に結びつくでしょう。
 今回の題は易しそうで、いざ句作に及ぶと表現に苦心する季語でした。しかし、〈札所へと畷伝ひに曼珠沙華 西山勝男〉。〈思ひ出がまだ燃え残る曼珠沙華 中田博美〉。〈争ひはこの星の性曼珠沙華 高塚政宜〉など佳句が多くありました。

◎ 優秀賞、入賞に選ばれた方には、山本海苔店より粗品を進呈いたします。