俳句庵

季題 8月「残暑」

  • 物売の露地に来てゐる残暑かな
  • 栃木県     長浜 良 様
  • 古書街にカレーの匂ふ残暑かな
  • 東京都     内藤 羊皐 様
  • 残暑とて義理ある用の断れず
  • ブラジル     林 とみ代 様
  • 母訪へばあんたはだれといふ残暑
  • 滋賀県     東野 了 様
選者詠
  • 旅人の如く残暑のバスに座す
  • 安立 公彦

安立公彦先生コメント

 今年の立秋は八月七日。暦の上では秋に這入りました。しかし連日の暑さは極暑、炎暑と変りないです。私たちの先人はこの暑さを「残暑」と呼びました。今回の応募にも多くの作品が寄せられました。それぞれの句に残暑への思いが色濃く出ています。
 優秀賞の長浜さんの句。「物売の露地に来てゐる」は現在の状況ですが、この句はその物売の軽自動車が去ったあとの様子をも連想させる表現となっています。一時の人声は消えて、またもとの静寂に返るのです。反復の妙。原句の「いる」は「ゐる」としました。
 内藤さんの句。神田神保町辺りの景でしょうか。古書街とカレーの匂いとの取合せが、良く「残暑」を映し出しています。
 林さんの句。久しぶりに「義理」という言葉を目にしました。義理は道理です。人としての正しい道です。残暑厳しい中ですが、頼まれた用は果たさなければならないと思う作者。その義理を大切にする思いが率直に表現されています。同感の一句です。 
 東野さんの句。これまでの作品とは趣の異なる句です。しかし現在こういう家は少なくありません。この「母」は例えば認知症を患っているのでしょう。「あんたはだれ」という率直な表現が重く印象に残ります。背景となる「残暑」が厳しく迫ります。
  今月の佳句。〈返さねばならぬ本積む残暑かな 岩川容子〉。読書の好きな作者。「返さねばならぬ本積む」は良く分ります。「本積む」が一句のポイントです。〈影ひとつ動かぬ午後の残暑かな 竹田茶人〉。厳しい残暑の街路、人の往き来も少ないです。「影ひとつ動かぬ」がその景をよく捉えています。〈番犬の吠ゆる素振りもなく残暑 井手浩堂〉。残暑の暑さに当たった番犬。日陰で寝そべっています。近付いても吠えません。そういう犬の姿を中七がよく言い止めています。

◎ 優秀賞、入賞に選ばれた方には、山本海苔店より粗品を進呈いたします。