俳句庵

季題 10月「後の月」

  • 祖国去る心のゆれや十三夜
  • ブラジル     林 とみ代 様
  • 残業のパソコン閉づる後の月
  • 岐阜県     金子 加行 様
  • 見送りの妹の背にある後の月
  • 神奈川県     矢神 輝昭 様
  • 十三夜雲無き空に菩薩像
  • 神奈川県     原川 泉水 様
選者詠
  • 後の月塔ある里の安けさに
  • 安立 公彦

安立公彦先生コメント

今月の季題「後の月」は、ご承知の通り陰暦九月十三夜の月、即ち十三夜です。今年は丁度三十日遅れの十月十三日の月が後の月でした。月は古くから人びとに愛され慕われて来ました。三日月、待宵、名月(十五夜)、十六夜、そして十三夜の後の月と、どれほどの詩歌、俳句、文芸に発表されて来たことでしょうか。今月も佳句が多いでした。「後の月」に託されたそれぞれの思いと日常を、心静かに鑑賞して参りましょう。
 優秀賞の林さんの句。作者はブラジルにお住まいです。祖国日本への旅が終り、明日は第二の故郷ブラジルへ帰る夜。見上げる空に後の月が出ています。「心のゆれや」が、作者の思いを遍く表現しています。
 金子さんの句。まさに平成の現代俳句です。残業の仕事も終り、静かにパソコンを閉じる作者。振り向いた窓には、十三夜の月が、作者をあたたかく迎えるように輝いています。「パソコン」との取合せも絶妙です。
 矢神さんの句。旅に出る作者。見送る奥さんの背に、昇ったばかりの十三夜の月がその影を落しています。相聞句と言えましょう。「妹」は「いも(妻)」、上五の「し」は「の」に中七の「り」は「る」としました。
 原川さんの句。この「菩薩像」は唐突の思いがしますが、これは作者の心象風景です。 十三夜のもの寂びた趣のある空。じっと見つめる作者のこころに、いつしか作者の信仰する菩薩像が大きく明あかと浮かぶのです。
今月の佳句。〈旅果てや車窓に浮かぶ後の月 太田紀子〉。原句は「後の月浮かぶ車窓や旅の果て」でした。「旅果て」が主語です。「旅果てや」としましょう。〈戦なき平和嚙みしむ十三夜 岩崎美範〉。正にその通りです。ただ「噛みしむ」は「平和を胸に」としましょう。〈逢ひたきは亡き人ばかり後の月 佐藤博一〉。こういう思いは良く分ります。「逢いたいと思う人は皆故人となっている」という思いは、作者もまたその故人となった人に、生前好意を持たれていたということと同義かと思います。

◎ 優秀賞、入賞に選ばれた方には、山本海苔店より粗品を進呈いたします。