俳句庵

季題 7月「空蝉」

  • 空蝉や茂吉の墓の一位の木
  • ブラジル     広田 ユキ 様
  • 母の忌の空蝉跨ぐ墓地の道
  • 愛媛県     加島 一善 様
  • 空蝉の眼は少年を見てゐたり
  • 三重県     後藤 允孝 様
  • 空蝉のゐる生家今空家なり
  • 大阪府     太田 紀子 様
選者詠
  • 空蝉にのこる眼の透くばかり
  • 安立 公彦

安立 公彦 先生 コメント

 いま手許に個体となった空蝉があります。これは昨年の晩夏に油蝉の蛹を成育させ蝉として送り出した脱け殻です。しがみついていたのは、八朔柑の葉裏でした。この空蝉を見つけたのは春先でしたが、七月の題にこの季語がありましたので、今日までそのままにして置きました。空蝉をじっくり見ていると、「神の造形」という言葉を思い出します。この空蝉は、八朔柑の葉に鋭い両脚の爪を突き刺し、一年の風雨を耐えて来たのです。あと旬日を過ぎると今年の蝉時雨を聞くことでしょう。蝉はまさに夏の声です。
 優秀賞の広田さんの句。斎藤茂吉の墓は東京青山と、郷里山形県上山市に分骨の墓があります。この句は青山墓地の墓でしょう。茂吉の墓地には双方ともに、一位即ち歌誌の名のあららぎの木が育っています。この句、その一位に焦点を当てたのが効果的です。
 加島さんの句。「空蝉跨ぐ」がいいですね。母堂の墓参りの途次、ふと墓地の路に空蝉が落ちているのを見て、作者はこの中七の語を得たのでしょう。今は仏となった母堂への敬虔な思いと、空蝉となっても形ある蝉への哀憐の情が良く出ています。
 後藤さんの句。冒頭に書いたわが家の空蝉を、机上のスタンドに照らすと、その眼はうす白く反射しています。空蝉の中で、その眼は一際印象的です。その空蝉の眼が、じっと少年を見ているという形は、第三者にもよく理解され得る作品です。
 太田さんの句。まさに現代の世相を捉えた句です。現在、全国的にも持主の居ない空家は数を増しているそうです。「生家今」が全てを語っています。作者の育った頃の広々とした家敷や庭園の様子が目に浮かぶ思いがします。空蝉が大きく映えています。
 今月の佳句。〈空蝉や巣立ちてゆきし子等の部屋 岩川容子〉。今は一家を為しているお子さん達、しかし実家の部屋には本や衣類など生活の跡が残っているという句です。「巣立ちてゆきし」がよく表現されています。窓外の葉陰には一つの空蝉。

◎ 優秀賞、入賞に選ばれた方には、山本海苔店より粗品を進呈いたします。