俳句庵

季題 5月「浴衣」

  • 浴衣着て心休まる里帰り
  • ブラジル     林 とみ代 様
  • 山の湯や浴衣はらりと岩の上
  • 神奈川県     矢神 輝昭 様
  • 帯の色違へ姉妹の浴衣かな
  • 神奈川県     成田あつ子 様
  • 入院の荷に加へゐる藍浴衣
  • 東京都     岩川 容子 様
選者詠
  • 浴衣着て父母なき家郷闇深し
  • 安立 公彦

安立 公彦 先生 コメント

 四季の歳時記の中でも、夏はことに記載事項が多いです。『日本大歳時記』の、夏と春の部を比べると、夏の方がページ数で約30%多くなっています。浴衣は夏の生活の中で、最も馴染み深い着物と言えましょう。<張りとほす女の意地や藍ゆかた 杉田久女>、など人口に膾炙した句です。今月の皆さんの出句も多彩でした。
 優秀賞の林とみ代さんの句。「里帰り」には、「結婚後新婦が初めて生家に行く」「奉公している人が生家に帰る」「結婚している女性が生家に一時帰る」「故郷や従来あった場所に戻る」、などの解釈があります。この句、家郷に帰った安らぎの思いが、「浴衣着て」によく生かされています。
 矢神輝昭さんの句。場所によっては今でもこういう湯治場はあるでしょう。「浴衣はらりと」の仕草がよく効いています。観光客の余り訪れない山里の景が浮かんで来ます。「岩の上」も説得力があります。
 成田あつ子さんの句。まだ幼い姉妹です。揃いの浴衣を着ていますが、帯だけは色違いです。その色違いの帯があって、姉妹の姿もより可憐さを深めています。浴衣がよく姉妹の姿を映している句です。
 岩川容子さんの句。一読して「入院」の文字が目に焼き付きます。しかし「荷に加へゐる(原句加えたる)藍浴衣」により、その入院も余り重篤のものではないということを読者に伝えています。私たちもその思いで入院の語を読み解くことが出来ます。「藍浴衣」が清すがしく映る句です。
 今月の佳句。〈浴衣着て少年手足持て余す 佐藤博一〉。〈妻逝きてタンスに遺る藍浴衣 雅風〉。〈丁寧に浴衣をたたむ旅の妻 山縣敏夫〉。<髪の色黒に戻して浴衣かな 堀河真里>。手足を持て余す少年の姿、故人となった奥さんの浴衣、妻の優しさを改めて知る旅、髪を染め直す作者。それぞれ印象深い作品です。
 
 なお、四月「蝶」の作品中、<初蝶や折目新し巫女袴 三好康子>の句は、中七の「折目新し」が、用語としても、また文法的にも添削が必要と再考し、次の通りと致しました。
 〈初蝶や折目正しき巫女袴〉

◎ 優秀賞、入賞に選ばれた方には、山本海苔店より粗品を進呈いたします。