俳句庵

季題 9月「灯火親し」

  • 食卓は妻の文机灯火親し
  • 神奈川県     佐藤 博一 様
  • 八十路超えしみじみ灯火親しめり
  • 大阪府     木山 満 様
  • 一灯を夫と分け合ふ灯火親し
  • 神奈川県     原川 篤子 様
  • 独り身や灯火親しむ夜の雨
  • 埼玉県     飯塚 璋 様
選者詠
  • 灯火親し母の手擦れの沙翁本
  • 安立 公彦

安立 公彦 先生 コメント

 九月の題は「灯火親し」です。傍題として「灯火の秋」があります。俳句を作る人にとっては、恰好の季語です。先人の秀句も多くあります。皆さんの句を拝見しましたが、この題は自らの心の趣(おもむき)です。理屈に走ってはいけません。等類の句もありました。当然のことです。そのテーマを如何に表現するかに、採否の分れがあります。選出の句を拝見しましょう。
 優秀賞の佐藤博一さんの句。「食卓は妻の文机(ふづくえ)」が善いです。作者の、妻への暖かい目差が感じられます。食後のひと時、食卓で書き物をしている「妻」、別の日は新聞や本を読んでいるのでしょう。食卓は普通の机より幅があります。書類を拡げるには相応しく、「灯火親し」が適切です。
 木山満さんの句。八十路は八十歳。その八十歳を越えた或る日、ふとわが身を振り返る作者。これまで仕事第一に過ごして来たという思いの中、好きな読書を顧みることもなかった、という反省の思いも湧いて来るのです。「しみじみ灯火親しめり」に、これからの余生への思いが、善く出ています。
 原川篤子さんの句。先の佐藤博一さんの句は、夫から妻への句ですが、これは妻から夫への句です。場面は居間。作者も夫もともに読書の最中です。「一灯を夫と分け合ふ」には、夫への優しさが感じられます。僅か十七文字の中に、夫婦の有り様が浮かんで来ます。言葉を如何に使うかが大事です。
 飯塚璋さんの句。この「一人身」は「独り身」としました。この「独り身」には様ざまな解釈がありますが、文字通り独り暮しとします。折からの夜の雨。その雨音を聞きつつ机に向かう作者。「灯火親しむ」が、静かな机辺と、家を降りつつむ「夜の雨」を良く表わしています。読書は心の滋養です。
 今月の佳句。〈父子階をたがへて灯火親しめる 木原登〉、〈灯火親し天地違へて絵本の子 内藤羊皐〉、〈地球儀を旅する灯火親しめり 深町明〉、〈灯火親し隣にいつも電子辞書 吉野静〉。着眼点が善いです。

◎ 優秀賞、入賞に選ばれた方には、山本海苔店より粗品を進呈いたします。