俳句庵

季題 9月「九月尽」

  • 空仰ぐ車椅子の子九月尽
  • 東京都     岩崎 美範 様
  • 九月尽黄ばむ表紙の文庫本
  • 埼玉県     小玉 拙郎 様
  • ゆつくりと告知する医師九月尽
  • 栃木県     鹿沼 湖 様
  • 朝夕の風の和みや九月尽
  • 大阪府     津田 明美 様
選者詠
  • 冷えびえと上総の海や九月尽
  • 安立 公彦

安立 公彦 先生 コメント

 今月の題は「九月尽」。もともと旧暦九月の晦日を指した季語です。大方の歳時記では時候の最後に置かれています。しかし現在では、新暦九月晦日を詠んだ句が多いと言われています。ふところの深い題です。今月の皆さんの作品も、移りゆく自然の様相、身近な対象への思い、自身の感懐など、多方面に亘る句があり、意義のある選句でした。
 優秀賞の岩崎美範さんの句。この「子」は中学生でしょうか。車椅子に座っているその子は、じっと空を仰いでいます。仰ぐ空には秋の雲がゆっくりと移っています。「空仰ぐ車椅子の子」、そこには深い「思い」がこめられています。この句、正に現代の俳句です。
 小玉拙郎さんの句。作者は読書の好きな人なのでしょう。「文庫本」にその思いが感じられます。読書の秋も過ぎようとしている九月尽。手にする文庫本の表紙に黄ばみが見えています。本好きな人には、その黄ばみもまた愛すべき一事です。「読書尚友」です。
 鹿沼湖さんの句。自らの体験でしょうか。「ゆつくりと告知する医師」が全てを語っています。体に異常を感じて検診を受ける作者。診察が終わると、医師はゆっくりと病名を告げるのです。告知する医師とそれを聞く作者の思いが、「九月尽」の許に善く纏っています。
 津田明美さんの句。「朝夕の風の和み」は正に「九月尽」の季節感です。「風の和み」が殊に「九月尽」の思いを深くします。十七音で季節感を表現するのは、単なる言葉の取合せで出来るものではありません。そこには表記への深い考察と修錬が必要です。善い句です。
 今月の佳句。<眼を病めばこころ澄みゆく九月尽 伊藤はな>。<藁を噛む牛の鼻息九月尽 垣内孝雄>。<物故者の増ゆる会報九月尽 岩田勇>。<わが窓の富士近寄する九月尽 原川篤子>。それぞれの句に、それぞれの作者の思いが善く感じられる句です。

◎ 優秀賞、入賞に選ばれた方には、山本海苔店より粗品を進呈いたします。