俳句庵

季題 10月「残る虫」

  • 産土の縁遠退く残る虫
  • ブラジル     林 とみ代 様
  • 残る虫棟の灯見ゆる帰り道
  • 神奈川県     安藤 真青 様
  • 残る虫聴きつつ母の逝きし夜や
  • 岐阜県     金子 加行 様
  • バスを待つ硬きベンチや残る虫
  • 神奈川県     原川 篤子 様
選者詠
  • 落日の影の安けく残る虫
  • 安立 公彦

安立 公彦 先生 コメント

 今月の題は「残る虫」です。歳時記は、残る虫を次のように記しています。「秋も深まった頃、ほぞぼそと鳴く虫」。秋鳴く虫にはそれぞれの趣があります。それらの虫も、秋が深まる頃には、鳴き声も衰えて来ます。残る虫を「すがれ虫」と呼ぶのも、その故です。「残る虫」の語には俳句ならではの風情があります。皆さんの句を鑑賞しましょう。
 優秀賞の林とみ代さんの句。作者の住まいはブラジルです。ブラジルは現在、新型コロナウイルスが世界で三番目に多いと聞いていますが、林さんはお元気のようで何よりです。しかし「産土の縁遠退く」もまた事実と思います。「残る虫」に深い思いを感じます。
 安藤真青さんの句。この「棟」は、マンションや公団住宅のように、一つの棟に複数の家族の住む建物です。その幾つかの建物の灯火が見えて来た「帰り道」です。残業で遅くなったのかも知れません。「棟の灯見ゆる」に安堵の思いの感じられる安らかな句です。
 金子加行さんの句。母堂は逝去されたのです。その夜、家族の集まる一室で、病状の重い母は安らかに目を瞑っています。静かな部屋に残る虫が鳴いています。母堂はその虫の声を聞きつつ逝去されたのです。「聴きつつ」に万感の思いが籠もっています。
 原川篤子さんの句。停留所でバスを待つ時間は、毎回長く感じられます。しかも腰掛のベンチは固いです。「硬き」にその思いが感じられます。ふと気が付くと、裏の藪で「残る虫」の鳴き声がしています。思わず耳を澄ます作者の姿が浮かんで来るようです。
 今月の佳句。<孤独また楽しからずや残る虫 津田明美>。<残る虫岸に積まるる醤油甕 後藤允孝>。<それぞれが命の声や残る虫 小玉拙郎>。<古墳の里に遊ぶ一日や残る虫 山田香津子>。心境句、写生句、それぞれ的を射た句です。

◎ 優秀賞、入賞に選ばれた方には、山本海苔店より粗品を進呈いたします。