俳句庵

季題 3月「鳥雲に」

  • 鍬を置く農夫のかなた鳥雲に
  • 愛媛県     加島 一善 様
  • 妻逝きて早や十二年鳥雲に
  • 岡山県     岸野 洋介 様
  • 鳥雲に飛天の舞を残しゆく
  • 大阪府     津田 明美 様
  • どこまでも空はひとつよ鳥雲に
  • 東京都     岩川 容子 様
選者詠
  • 鳥雲に聖書読みたき日なりけり
  • 安立 公彦

安立 公彦 先生 コメント

 今月の題は「鳥雲に・鳥雲に入る」です。歳時記を開くと、加舎(かや)白(しら)雄(お)など江戸中期の俳人の句もあります。文字通り、春、北方へ帰る鳥が、雲間はるかに見えなくなるという季語です。歴史は古いですが、作例は現代に及んでいます。皆さんの作品にも佳句が多いでした。ただこういう季語は例句に落ち入り勝ちです。充分に注意しましょう。
 優秀賞の加島一善さんの句。一読景が浮かんで来ます。春になると農作業は忙しくなります。この句、「鍬」があるので、農業機械を使う作業でなく、畦の補修のような作業と思います。手にした鍬を置く農夫の仰ぐ空に、今しも鳥雲に入る景が見えて来ます。農夫の動作も背景も、自然体なのが宜しいです。
 岸野洋介さんの句。季語を座五に「妻」との別れを淡々と述べた句です。しかし句を読む人には、作者の思いが強く感受されます。十二年という年月は、「十年一昔」を超えていますが、他面、作者にとってはつい先日のこととも感じられるでしょう。「早や」にその思いが深く読み取れます。
 津田明美さんの句。「飛天の舞」について、飛天は天界に住み仏を守り讃える天人・天女。その天人の空に舞うことを指します。渡り鳥が雲に入る折しも飛天の舞が現れるのです。中七は作者の心に浮かんだ景ですが、句を見る私たちにも想像され得る情景です。
 岩川容子さんの句。「どこまでも空はひとつ」は、道理の言葉で、その空を仰ぎつつ、天、空、宙の情況を考えると、平常心の揺らぐ思いもします。しかしこの句は中七の「よ」が肝要です。それは雲に入る鳥に呼びかける言葉であり、また自らの言葉への反芻でもあります。考える俳句と言うべき句です。
 今月の佳句。<旅に読む地方新聞鳥雲に 守田修治>。<校庭に洩れる讃美歌鳥雲に 城内幸江>。<鳥雲に肩の初孫ほの温し 大澤定男>。それぞれ季語を善く摑み、情感の豊かな作品です。

◎ 優秀賞、入賞に選ばれた方には、山本海苔店より粗品を進呈いたします。