俳句庵

7月『麦こがし』全応募作品

(敬称略)

麨の遠き日の香に噎せりけり
石臼の読経に生るる麦こがし
遠き日の香に噎せりけり麦こがし
笑い合ふ鼻へ積もるる麦こがし
皿跡を残してこぼれ麦こがし
忘るまじ雨漬く壕の麦こがし
練り進み色濃くなりぬ麦こがし
しかめづら弛みゆくかな麦こがし
麦こがしむせ食みしこと懐かしむ
ふるさとの水はやさしき麦こがし
麦焦がし咽せると言う事教へけり
はったいを口にまぶして泣く児かな
麨粉ふるさと便にさりげなく
噎せること知りつつ噎せる麦炒り粉
SLと田谷力三と麦こがし
たらちねの祖母の乳房や麦こがし
犯科帳読み手を闇に麦こがし
遠きこと近くに想う麦こがし
留年や本の山間麦こがし
ふるさとがまーるくなりしはったい粉
麦こがし昭和の香り放たれて
麦こがし吹き出し遊びたる昔
麦こがしただ一筋に遠き母
いすの木の葉っぱなつかし麦こがし
麦こがし米寿の母の浅眠り
麦こがし砂糖が目当ていただきぬ
萩焼の茶碗に残る麦こがし
幼時の調味が一番はったい粉
亡き祖母の小言のあとの麦こがし
ケアプラザ色んな味のはつたい粉
同窓会笑顔の皺に麦こがし
ねつたい夜逆療法のはつたい粉
麦こがし喧嘩のあとの仲直り
はつたい粉出されて始む国自慢
祖母ちゃんの魔法の指の麦こがし
麦こがし噂話に加わらず
鍵っ子の三時のおやつ麦こがし
銀婚をつむぐ時間や麦こがし
麦こがし子どものころが懐かしい
麦こがし孫との距離は糸電話
みちのくの宿のお茶請け麦こがし
ふるさとに近づく旅や麦こがし
弟はいつも多めの麦こがし
麦こがし無口な祖父がおかわりし
もどかしや母煉る手元麦こがし
別の名はなんといったか麦こがし
臼挽けば零れる昔麦こがし
懐かしく独りいて食う麦こがし
椀の底鼻も美味かろ麦こがし
麦こがし戦火の前の花やしき
母の背や終戦の空麦こがし
麦こがし咽び飛び込む母の胸
煉るほどにアンドロメダや麦こがし
はつたいを練って思ひは宇宙食
路地売りの八つ時目掛けコーセンコーセン
お捻りの舞台に米や麦炒粉
土の香かなつかしき味麦こがし
鐘楼の鐘は八つ半麦こがし
麦こがし手に下げ歩く帰り道
懐かしのこがし見付ける道の駅
応接間先生の前麦こがし
ぼた餅のくわんくわんや麦こがし
お茶の横ちょこんと置かれた麦こがし
亡き母と会へる兼題麦こがし
中の餡何が出てくる麦こがし
幼き日思い起こせり麦こがし
寒い夜熱い番茶と麦こがし
麦こがし茶の一服と母の面影
麦こがし咽せれば砂漠思いけり
麦こがし思い出かみしめまた一つ
麦こがしお湯をそろりと母注ぐ
麦こがし口元鼻にまた化粧
はったいかがっかりおやつ最右翼
麦こがしおやつで孫が少しむせ
麦こがし食べたくないが懐かしき
太陽の匂いをさせて麦こがし
わいわいと兄弟咽せし麦こがし
素朴だが工夫を込めた麦こがし
麦こがし砂糖控えめ貧乏で
麦こがし遠くとほくでハーモニカ
麦こがし時代遅れと言われても
少年の夢はマドロス麦こがし
麦こがし幼い頃の名でよばれ
ランドセル投げ出し祖母と麦こがし
麦こがし百歳までのプランたて
麦こがし薬缶の水をまはし飲む
麦こがし近頃とみに咽せやすき
駄菓子屋の裸電球麦こがし
遺伝子は草食系よ麦こがし
田を渡る風はさみどり麦こがし
不意に来た嫁に珈琲麦こがし
お茶受けは小江戸川越麦こがし
手探りに歩む余生や麦こがし
戦中派にて牛乳に麦こがし
年経れば忌もまた佳き日麦こがし
戦争を知らぬ世代や麦こがし
茶袱台の丸き昭和や麦こがし
麦こがし 鼻息かかり 吹雪舞う
麦こがし母泣くところ納屋の陰
黒蜜と からめて食べる 麦こがし
はつたいや里のはづれの祠古り
麨に噎せるを笑ひ我も噎せ
はつたいや浅間の煙り低く這ふ
麨に噎せる父見し夢に覚め
麦こがし謝りたくも母のなし
麦こがし戦中戦後生きて来し
他になきお八つは戦中麦こがし
不思議なるもの見る子の目麦こがし
麦こがし似つく口髭子ら威張り
母のメモセピア色繰る麦こがし
麦こがし一餉となりし食糧難
坊守の心配りや麦こがし
麦こがし素朴なる味懐かしく
むせる児に婆笑み優し麦こがし
麦こがし噎せ背(せな)敲きし母の亡く
麦こがし山から水を引いてをり
稀に見ゆ今なほ売らる麦こがし
麦こがし兄弟喧嘩姉なかへ
麦こがし祖母のやさしい匂いかな
麦こがし割り箸折れてをりにけり
麦こがし木綿のような舌触り
茶屋の籏風に遊ぶや麦こがし
なつかしき昭和の薫り麦こがし
麦こがし吹けば昔が飛散する
お三時のおやつうれしき麦こがし
下町の人情厚き麦こがし
麦こがし嗅げば遥かなノスタルジー
老残の序章に少し麦こがし
麦こがし紅茶とともにいただけり
麦こがしつんつるてんの丸坊主
ほろ苦く静かに溶ける麦こがし
麦こがし子供集めた紙芝居
あの頃は菓子の無き日々麦こがし
縄文の壺の中から麦こがし
水を足し砂糖を足して麦こがし
石臼で貧しさ挽いた麦こがし
麦こがしわれら貧しき昭和の子
エノケンの唄に雨降る麦こがし
口にして笑ふに笑えぬ麦こがし
駄菓子屋で昔を探す麦こがし
練るたびに麦香ばしきはったいこ
袖口で青ばな拭いて麦こがし
麦こがし卓袱台の日々ありし頃
蓄音機音が弛めば麦こがし
麦こがし手抜きするなと父のこゑ
木の匙の塗りが剥げてた麦こがし
ネクタイの要らぬ暮しや麦こがし
頬杖をして待つ祖母の麦こがし
普段着の交り同士麦こがし
川越に菓子屋横町麦こがし
飯台の麨かこむ聖家族
石臼は生家に埋れ麦こがし
我こそは庶民の生まれ麦こがし