俳句庵

9月『虫一切』全応募作品

(敬称略)

動物園の檻みな静か蝉時雨
カチャカチャと草むら鳴きぬ轡虫
蜩の迫り寄せくる別れかな
松虫や人待つ貌の待つ虫か
邯鄲やページ繰る指つと止まる
蜩の風になるまで鳴きにけり
絵扇に写し取りたし虫時雨
道なりに行けば道なり虫しぐれ
逢ひに行くひとのいた町赤蜻蛉
栗虫の狼藉すでに秋深き
射的小屋浜に傾いで赤蜻蛉
鈴虫に沈思の間合ひありにけり
金糸雀の墓にこほろぎ鳴きにけり
血圧を測ってをりぬ虫の夜
嫁ぎきて鈴虫の声聞き初めし
残る虫七七日も過ぎにけり
嘶けば飛蝗とび出す飼葉桶
沙汰やみのあとの静けさ火取虫
丹精の庭も小叢にちちろ鳴く
こおろぎや眠れぬ夜の友とする
鳴き通す鈴虫昼は寝て過ごす
夜のとばり待ちいしばかりに虫の鳴く
こほろぎや押せば出てくる手水入
偕老の夫婦言なく虫の夜
刀剣で目を打つ碁盤鉦叩
虫すだき闇夜つんざく大合唱
古民家の土間の暗がりちちろかな
蟋蟀や脚鋭角に弾きおり
今生を必死に生きよ鉦叩
虫の声静かに流すイバリかな
蟋蟀に耳をすまして独りの夜
蟋蟀の確かなる歩を刻みけり
キリギリス二晩生きて果てにけり
鈴虫の縁側灯り消して聞く
すいっちょん窓ノックしては立ち去りぬ
足音の途絶えてよりの虫時雨
轡虫トラクタ通過せし後に
虫の音を愛でて退出したるかな
目ん玉を上流に向けオニヤンマ
無人駅降りれば故郷虫時雨
馬追いの馬の足許潜めけり
虫の音に心の武装解きにけり
蝗食ふ母魔女の如見る娘
特急の通過待つ駅ちちろ鳴く
外出後メールもなき子虫時雨
虫の闇ナースのひそと巡回灯
虫鳴くと言ふが響くは風ばかり
虫篭と子が飛び出して新幹線
子午線を越えてばったの飛び行けり
測られてゐるこほろぎの廃屋かな
虫すだく閉ざししままの竜隠庵
宿下駅のゆるき鼻緒や虫の声
終電を降り虫の街一丁目
銀座路地の女将を偲ぶ虫の声
虫しぐれ一里先には原発基
がちゃがちゃの鳴けば何かを思ひ出す
厨より虫の声する飲み屋かな
浴室を跳びはねてゐるつづれさせ
一人逝きまた一人逝き虫の鳴く
安らぎはチェロの音にありきりぎりす
目を閉じて最終電車で虫を聞く
何となく眠気を誘ふ昼の虫
病人は虫聞くたびに弱音吐く
昼の虫遠くでボールの弾む音
頭上から 足下へさやか 虫時雨
こほろぎや一人の夜をもてあます
月の出を 草野に担ぐ 虫時雨
うたた寝の酔いから覚めて虫の声
憑いて来るものの気配や虫の闇
蟋蟀のどこぞと見れば鳴き止みぬ
通夜帰り闇の深さの虫時雨
月影や蟋蟀の翅照らしけり
味噌蔵の土間に塩吹くちちろの夜
鈴虫の帰宅の妻に著く鳴く
神木の洞に蛇住む虫時雨
回覧板届け鈴虫もらひけり
虫時雨スカイツリーの灯が落ちて
蝉鳴くや校庭駆くる部活の子
句日記に虫の句を得て闇深し
庭石に蜥蜴しの字のまま止まる
追われきて草になりきるキリギリス
朝市の賑はふ宮や蝉時雨
駅の灯を借りて鈴虫売られけり
網を出す男子に蝉の尿かな
立ち入れぬ廃炉の村の虫時雨
虫の音や10年ぶりの里帰り
下駄音にピタッと止みし虫時雨
昼の虫コーヒ樹海に寝転んで
五線譜の闇をはみ出す虫の声
雨にも負けず風にも負けぬちちろかな
虫鳴けば籠の中でも鳴きにけり
戸隠の牧に鈴振る草雲雀
物置に父の残した虫鳴けり
火の山を三重に囲める秋の虫
家系図の途切れて繋ぐちんちろりん
こほろぎと乗りたる旅の夜汽車かな
灯が点り一歩退く虫の声
終電の尾燈を蔵ふ虫の闇
夕風をはたと止めたり虫しぐれ
日だまりの石に来て鳴くすがれ虫
鈴虫の声は遠かり母の墓
虫の宿芭蕉の道のあとさきに
背を向けて鳴く虫のあり朝の風
お地蔵がうらめし虫の声の中
雨止めどまだ降りしきる虫時雨
虫が鳴きもう一仕事祖母が立ち
擦れ違う高温処暑人と虫
児が肩に虫を止まらせ自慢する
地下道の入口出口ちちろ虫
赤とんぼ絵筆にとまる昼下がり
野に放つ子の掌の子鈴虫
今日よりよい明日はない蝉時雨
鳴く虫の虫の鳴まね訛りあり
妻の留守ひとり酌む夜虫時雨
鈴虫のエサ当番はいつも母
今朝も又蝉仰向けに命絶え
腹を見せ雄コオロギの曳かれゆく
いづこよりこおろぎ集う立ち飲みや
風止まり独唱寂し鈴虫や
喧噪のメトロ上れば蝉時雨
輪塔の梵字すがる枯蟷螂
蓑虫の内緒話に耳澄ます
虫の夜や喜寿となりしも母を恋ふ
何匹と言えぬ鈴虫鳴いている
名刹や写経半ばの虫すだく
鈴虫やひとりの時間また楽し
言ひだせぬことのいくつか虫の夜
ちょびちょびと酒なめにけり鈴虫よ
火取虫老いても論は譲られず
鈴虫に音痴一匹いないかな
むなしさのまたも襲える虫の夜夜
鈴虫や飛べぬかわりに歌いけり
虫の音や意識をしてもしなくても
鈴虫やどんな曲より涼しけり
ちんちろやジャズボーカルの稽古して
子ら帰りにわかに虫の夜となりぬ
虫の秋神も仏もそばにをり
民宿に眠れぬ一夜虫しぐれ
鈴虫の秘密の部屋に入りをり
虫鳴くを妻に言はれて気つ``きけり
虫の声子らと出会ひし奇跡かな
薪風呂の奥の暗がりいとど跳ぶ
月鈴子宇宙の中の私かな
いよよ澄む継ぎ目なき空残る虫
虫時雨思えば遠き里の夢
芋虫やいつかこの子も飛び立つ日
虫かごや集めた命土還る
つながらぬ夢をつないで鉦叩
虫の音や縁で教えし父となる
黒色の蟋蟀トイレから逃げて
鈴虫ややがて悲しきドラマ見る
羽蟻(はあり)見る申請に行く直前に
虫の音や命ふるわす老いの夕
蟷螂と蝉が戦ふ庭を見る
蟋蟀のようなる叔父の死に目かな
抜け殻と化した蝉引く車かな
化野の古き石より虫の声
家の中入れば蟻どち生きられぬ
虫の音や庭園灯はまたたかず
揚羽蝶つがひで斜めに飛び上がり
息継ぎのように休むよ鉦叩
虫の音の待っておりけり露天風呂
片付けを終へて小庭の虫の声
奥美濃の虫鳴く朝の直売所
虫時雨佇む夫に声かけず
こほろぎを乗せたるままに連結器
ひたすらに鳴いて朝のつづれさせ
こほろぎの迷ふ新築村庁舎
前髪の分け目変へをり月鈴子
下山道里道となりきりぎりす
こほろぎや皮の栞はパリ土産
残業の如く鈴虫鳴きやまず
パソコンの画面光れり虫よぎる
こほろぎの飛び乗る列車無人駅
寡黙なる人も語るや虫の声
苫屋こそ我が王国やちちろ虫
鉦叩今日も来てゐし仏間かな
ちちろ虫死んでも離さぬ闇の色
誰叩くチンチンチンや鉦叩
校庭に闇迫り来て虫の国
スカイタワー見ゆる路地裏螻蛄なきぬ
セロ弾きのゴーシェ加わる虫時雨
邯鄲やほそき声する高尾山
こおろぎの配布に並ぶ親も子も