安立 公彦 先生 コメント

　三月の季題は「春一番」です。歳時記にあるように、立春後、はじめて吹く強い南寄りの風を、春一番と言います。二月の中旬から下旬、三月の初め頃の強風です。この季語には「春」の一字があるため、季語の持つ強風の表現が柔らいでくるようで、俳句作品としては、表現にもどかしさを感じ易いです。では、皆さんの季句を、心して味読しましょう。
　優秀賞の加島一善さんの句。作者は愛媛県在住。広大な農地の一隅に立ち、足下の植付き前の畝を見つめている農夫の姿が感じられます。いつもは「春一番」が過ぎて、植付けも終った頃の農地です。中七下五にその思いが善く出ています。「農夫」が、句を読む人それぞれの思いの中に活きています。
　内藤羊皐さんの句。作者は東京在住。中七の「鎧戸」は「シャッター」、「打てる」は「下ろす」です。この句、「古書街」とあるので、東京で言えば、神日神保町の古書店街などを連想します。台風間近の古書店街の情景が目に浮かびます。
　井出浩堂さんの句。この「走る」は、辞書にあるように、「早く流れる」の意味です。尚、辞書には、「はしる」の見出しに、「走る、奔る」とあります。「波走る」の景も、自ずと連想されます。同時に、「湖に」の上五の設定も納得されます。
大阪の酒梨さんの句。一見、与謝野晶子の歌集「みだれ髪」が連想されます。句意は一読了解されます。路地を出ようとして振り返った門前に立つ「妻のみだれ髪」です。「春一番」が「立春後はじめて吹く強い南寄りの風」などでなく、ほのかな温みを感じます。
　今月の佳句。〈春一番城の石垣迫り来る　信安淳子〉。〈朝市の並ぶ産直春一番　北島敏夫〉。〈春一番異土の黄砂を伴へり　庄司芳彦〉。〈大漁旗ちぎれむばかり春一番　岩崎美範〉。「春一番」が句を支えています。

◎ 優秀賞、入賞に選ばれた方には、山本海苔店より粗品を進呈いたします。

今月の応募作品